九州大学シンクトロン光利用研究センター

Brief Report

高濃度の硫化水素存在下で高い改質反応活性を示す触媒の機能を解明
~CO2低減を指向した資源有効利用技術への応用に期待~

総合理工学研究院
教授 永長 久寛

永長久寛

日本製鉄株式会社
平 健治

平健治

シンクロトロン光利用研究センター
准教授 杉山 武晴

杉山武晴

研究内容

 地球温暖化の抑制のため、温室効果ガスであるCO2の削減が喫緊の課題となっています。一方、枯渇性の化石燃料に替わる資源の開発も重要な課題です。これらを解決する方法として、メタン(CH4)とCO2を反応させて水素と一酸化炭素に変換する反応が着目されています。

<改質反応> CO2+CH4→2H2+2CO

 改質反応では一般的に遷移金属(Ni, Rh)触媒が用いられてきました。しかし、これらの触媒は数ppm程度の硫化水素の存在下で触媒活性を失うため、高濃度の硫化水素(>1000 ppm)が共存するメタンガスには使用できません。一方、日本製鉄株式会社が開発した酸化セリウム触媒ではこれら高濃度の硫化水素の導入で高い改質反応の活性を示します。この触媒の機能について九州大学(シンクロトロン光利用研究センター、総合理工学研究院)において放射光を用いたX線吸収微細構造解析(XAFS)により触媒表面上の硫黄種の動的挙動や酸化セリウムの酸化還元特性について追跡し、硫化水素共存による改質反応活性の向上効果について明らかにしました。この触媒は下水汚泥や生ごみ、産業廃棄物など、硫化水素を含むメタンガスの改質反応に直接利用することができるため、CO2を削減しつつ非化石燃料資源を有効に利用する産業プロセスの開発に寄与するものと期待されます。
 本研究は九州大学、日本製鉄株式会社との共同研究により行われ、この研究成果は2020年7月24日にJournal of Catalysisに掲載されました。
https://doi.org/10.1016/j.jcat.2020.06.040

Fig1-2



Tender X-ray in-situ XAFSシステムの開発

 触媒の性能評価やメカニズムの解明には、高温かつ反応性ガス雰囲気の機能発現条件下でのin-situ XAFSが用いられます。3d遷移金属(例えばFeやNi)を対象としたXAFSでは、K吸収端のエネルギーが大きいため、硬X線を用いた透過法XAFSが比較的容易で、市販されている昇温ガスセルを大気中に設置してin-situ XAFSが実施できます。しかし、利用するX線のエネルギーが4 keVより小さくなると大気中でのX線の減衰が大きく検出効率の観点で無視できなくなるので、光路や試料雰囲気をHeで置換し検出効率を向上させる工夫が必要になります。軟X線と硬X線との境界領域(ここでは2-4 keVの範囲を指します)は、柔X線(Tender X-ray)とも呼ばれます。この領域には、K吸収端ではP(2.1 keV)やS(2.4 keV)、L吸収端ではPd(3.2 keV)やAg(3.4 keV)等、触媒に限らず重要な元素が多くあります。しかし、大気や物質中のX線の透過率が著しく小さいので、XAFSは、透過法ではなく蛍光法が多く用いられます。蛍光法XAFSで利用するシリコンドリフト検出器(SDD)は、検出素子の前面のBe窓で可視光を遮光する(X線は透過します)とともに検出素子を真空に保持した構造となっています。このSDDを用いてin-situ XAFSのシステムを構築する場合、昇温ヒーターの熱による検出素子部の真空やBe窓のダメージを如何に回避するかという技術的な課題があり、Tender X-rayの領域で高温(例えば500℃以上)まで昇温できるin-situ XAFSのシステムは、これまで確立できていませんでした。

   九州大学ビームライン(九大BL、SAGA-LS/BL06)は、硬X線のビームラインですが、Tender X-ray領域(2-4 keV)の出力特性が優れています。九大BLの優位性を活かし、独自に開発したHe置換用の光学パスを市販の昇温ガスセルに組み合わせTender X-ray領域でのin-situ XAFSのシステムを実現しました。昇温ガスセルは、幕張理化学製作所製の縦型試料昇温ガラスセルで、縦に設置されたガラス管の上部に加熱ヒーター、下部に透過実験用の窓が取り付けられており、Pt線で内部に吊るされた試料ホルダを上下させて使用することが特徴です。ガスは、ガラス管の底面側から上側に流す構造で、加熱ヒーターで700℃程度までの昇温が可能です。光学パスをセルに取り付けた状態の透過窓の高さでの断面図を図3-1に示します。光学パスは、X線強度を測定するイオンチェンバー(IC)の下流側に接続され、入射X線はICおよび管内を通過してカプトン(ポリイミド)フィルムを透過して試料に照射されます。試料から発生する蛍光X線は、90度方向の管内を通して接続されたSDDで検出されます。SDD側の光学パスは、冷却水を循環させる2重構造としており、Heのインレットパイプを貫通させています。循環水によりSDD周辺の光学パスを冷却するとともに、管内に入るHeも冷却する構造です。光学パスとガラスセルの間のカプトンフィルムにより、光学パス内のHeとセル内の反応性ガスが仕切られます。図3-2にシステム全体の写真を示します。セル上部の加熱ヒーター部で昇温された試料を透過窓部まで下げても、カプトンフィルムが熱で溶けることはなく、また、SDDで正常に蛍光X線を検出できていることを確認しました。縦型試料昇温ガラスセルは、反応性ガス雰囲気下で700℃程度まで試料の昇温が可能で、その後大気に暴露することなく反応性ガス雰囲気下でTender X-rayの検出が可能なシステムとなっています。 本システムは、蛍光法でのin-situ XAFSを実現しており、P-K(2.1 keV)、Cl-K(2.8 keV)、Pd-L3(3.2 keV)等にも適用可能です。  

図3
PAGETOP